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座談会

iPS細胞技術で医療の新しい扉を開ける

関西電力病院
副院長
中村 武史
関西電力病院
院長
千葉 勉
京都大学 iPS細胞研究所
所長・教授
山中 伸弥

世紀の大発見として人々を驚かせたiPS細胞(人工多能性幹細胞)の出現。開発者の山中伸弥さんの名前は瞬く間に世界中に知れ渡り、歴史的な偉業としてノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは周知のとおりです。
再生医療や病気の原因の解明、新薬の開発など、iPS細胞の医療応用に向けた研究が着実に進んでおり、がん治療においてもその成果が期待されています。
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の所長を務める山中先生に、かねてより懇意な関係にある関西電力病院の千葉院長と中村副院長がお話を伺いました。

Profile

山中 伸弥
(やまなか しんや)
1962年大阪市生まれ。87年神戸大学医学部卒業、93年大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)、アメリカ・グラッドストーン研究所博士研究員、96年大阪市立大学医学部助手、99年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授、2003年同教授、04年京都大学再生医科学研究所教授、08年京都大学物質―細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長、10年京都大学iPS細胞研究所所長。2012年ノーベル生理学・医学賞受賞。

機械いじりが好きだった少年時代

千葉
山中さんは大阪生まれの大阪育ち。言葉も大阪弁ですね。
山中
大阪市住吉区に生まれましたが、すぐ東大阪市に引っ越し、その後奈良へ。中学・高校は大阪教育大附属天王寺校舎だったので、奈良から通学していました。大学時代は神戸でしたが、アメリカ留学からの帰国後はずっと大阪住まい。気持ちは生粋の大阪人です。
中村
どんなお子さんだったのですか。
山中
父親がミシンの部品を作る工場を営んでおり、2階に自宅がありました。モノづくりが身近な環境のなかで育ったせいか、外遊びよりもラジオや時計を分解・組立するのが好きでしたね。
千葉
その頃にイノベーションの素養が培われたのですね。
山中
いえいえ、壊していただけというのが正しいです。
中村
当時は大きくなったら何になりたいと思っていましたか。
山中
中学生までは科学者になりたいという夢がありました。しかし、高校生のとき父親がC型肝炎になり、どんどん悪化する様子を見て、医者になろうと思うようになりました。
中村
中学・高校は柔道部に所属されていた、文武両道の山中さん。いまはマラソンをされ、iPS細胞研究基金への寄付を募る活動も展開されていますが、成果はいかがですか?
山中
京都マラソンや大阪マラソンなど各地の大会に出場していますが、数百万円もの寄付金が集まることもあります。走っているときにお金の入った封筒をいただいたこともあります。
千葉
そんなバイタリティーあふれる山中さんが、iPS細胞の開発でノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは記憶に新しいですが、一報を聞いたときはどんな気持ちでしたか。
山中
案外冷静でした。数年前から候補として名前が挙がっていたので、毎年、発表に備え、広報スタッフが部屋にビデオカメラを設置していたのですが、いつも別の人が受賞するので、そろりそろりと機材を撤収するというのが恒例行事になっていて、内心申し訳なく思っていました。ただ、受賞した2012年は、祝日だったので自宅にいました。
千葉
洗濯機の修理をされていた最中だったとか。
山中
妻から「洗濯機を回すとガタガタ音がするから何とかして」といわれ、修理しようと床に寝転がっていたときに受賞の一報を受けたんです。このエピソードはすごくウケますね(笑)。

iPS細胞開発のターニングポイント

千葉
iPS細胞を開発されるまでには、どのようなターニングポイントがありましたか。
山中
3つありまして、1つめは1999年12月に奈良先端科学技術大学院大学に採用され、初めて自分の研究室を持てたこと。私は無名の研究者なので、夢のある大きなビジョンを掲げなければ、学生さんが来てくれないと思いました。ちょうどES細胞の研究を行っていたので、「受精卵を使わずに、体細胞からES細胞のような細胞を作る」という壮大なテーマを掲げました。当時はヒトES細胞が開発され、再生医療に関心が高まっていましたので。
2つめは2003年にJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)のプロジェクトに選ばれたこと。それまでは年100〜200万円の研究費でかろうじて継続していたのが、5年間で5千万円もの研究費をいただいたおかげでチャレンジングな研究に着手できました。
3つめは2004年に京都大学に移ったこと。奈良先端科学技術大学院大学には当時ヒトの細胞を扱うための倫理委員会が存在しなかったため、ヒトの細胞を使うことができませんでした。京都大学再生医科学研究所に移籍したあとは、2006年にマウスの皮膚の細胞から作ったiPS細胞を、2007年には念願のヒトiPS細胞の開発を報告することができました。
中村
iPS細胞というネーミングがいいですね。
山中
ES細胞のように2文字にするつもりが、多くの組み合わせは使われていたので、「人工多能性幹細胞」の英語の頭文字をとったIPSにして、ちょうどiPodが流行った時期だったのでIを小文字にしました。これまで日本人が名前をつけてもあとから海外の研究者がつけた別の名前が一般的になるケースがよくありましたが、iPSという名前は海外でも受け入れられやすかったのか、半年もしないうちにアメリカの大学のグループが発表した論文にも使用され、定着していきました。

※受精卵から少し発生の進んだ胚より取り出した細胞を培養して作製する多能性幹細胞(自らを複製する能力と、体のあらゆる細胞に変化できる能力を持つ細胞)

iPS細胞(induced pluripotent stem cells)とは
皮膚や血液の細胞など、体の細胞に数種類の因子を導入することで作られる細胞。2006年にマウス、2007年にヒトのiPS細胞の開発が報告されました。iPS細胞のもつ、ほぼ無限に増殖でき、体のあらゆる細胞へと変化する能力を生かし、再生医療や病気のしくみの解明、薬の開発(創薬)に向けた研究が世界中で進められています。

iPS細胞を用いた創薬研究に注目

中村
iPS細胞の応用や可能性のなかで、注目すべきものにはどのようなものがありますか。
山中
再生医療への応用がクローズアップされがちですが、創薬研究におけるポテンシャルの高さにも注目してほしいですね。iPS細胞を使うことでシャーレ(培養皿)上で病態を再現できるので、病気の仕組みの解明や新しい薬の開発を効率的に進めることができると考えます。当研究所では一例として、進行性骨化性線維異形成症(FOP)という全身の筋肉などのなかに骨ができる難病について、患者さんの体の細胞から作ったiPS細胞を用い、病気のメカニズムを調べています。iPS細胞から骨へと変化させる過程で、病態を再現したものを大量に用意し、それぞれに違う薬の候補を同時に試しました。その結果、病気の引き金となる物質を特定し、その働きを抑える化合物もわかりました。iPS細胞を活用した創薬研究の産物として、医師主導治験が京都大学医学部附属病院で始まったところです。
千葉
シャーレ上のヒトの細胞で薬を試す方法は効率がいいですね。私は厚労省の指定難病(330疾病)を選定する委員会の委員長を3年間やってきたので、難病治療の大変さについてはよく理解しています。
山中
たとえメカニズムがつきとめられなくても、iPS細胞から病気を再現した細胞を作り、発症を抑える薬を探索することは可能です。これまでは多数のマウスを使って薬の候補を探索してきましたが、iPS細胞を活用することにより、人間の細胞、さらには患者さんの細胞と同じものをシャーレ何百枚と用意できるのです。新薬の開発には長い年月と莫大な費用を要しますが、iPS細胞を使うと大幅な削減が可能になると考えられます。日本では製薬企業が新薬開発に苦戦しており、世界から後れをとっていますが、今後、iPS細胞は創薬の分野でも大いに貢献できると期待しています。
難病の患者さんの細胞からiPS細胞を作り、これをさまざまな研究機関が研究に使えるような仕組みもあります。難病は患者さんの数が少ないため、製薬企業が手を出しにくい分野ですが、それを大学の創薬研究がカバーできればと思います。

期待が高まるがん治療への貢献

中村
iPS細胞のがん治療への応用はいかがですか。
山中
がんは遺伝子の傷による病気と考えられていますが、それだけでは説明できない部分もあります。環境によって遺伝子の働きが変化することをエピジェネティクスといい、この異常によっても、がんが引き起こされることがわかってきました。こうしたエピジェネティクスに関する研究も当研究所で行っています。昨年は京都大学ウイルス・再生医科学研究所のグループが、がん細胞を殺傷する能力を持つ高品質なキラーT細胞をiPS細胞から作ることに成功しました。若くて元気な再生キラーT細胞を用いたがん治療に期待が高まっています。
千葉
罹患率、死亡率を考えると、がん研究は最重要課題といえますね。
山中
抗がん剤の副作用に貧血があり、血小板などの輸血が必要になります。少子化により献血してくれる若者が減ることで、輸血が足りずに命を落とす場面も出てくるでしょう。これに対処するためにもiPS細胞技術で血小板を大量に作るシステムの開発を当研究所で行ってきました。数年のうちに治験が始まる予定です。
千葉
それはすごく助かりますね。ところで山中さんは大学院を卒業後、アメリカのグラッドストーン研究所でがんの研究をされていたと聞きました。
山中
グラッドストーン研究所には心臓血管病を研究する部門があり、私は動脈硬化に関連する遺伝子を調べていました。指導教官から与えられた「APOBEC1という遺伝子は血中のコレステロール値を下げる。つまり動脈硬化を予防する」という仮説に基づき、その遺伝子を肝臓でたくさん働かせるようなマウスを作ったところ、なんと肝臓がんが発生したのです。APOBEC1はよい遺伝子どころか、強力ながん遺伝子だったのです。
この遺伝子をさらに研究することで、新しい遺伝子を発見することができました。遺伝子の数は2万数千個程度とはいえ、世界中の研究者が躍起になって探している、そのひとつを見つけたのですから大変うれしかったですね。これを「NAT1」と名付け、がん抑制遺伝子という仮説を立てたところ、実はES細胞のもつ、あらゆる細胞になる能力に必要な遺伝子であることがわかり、今度はES細胞そのものに俄然興味を覚えました。動脈硬化からがん遺伝子の研究に変わり、その過程でES細胞に関わる研究が主となり、やがてiPS細胞へとつながったのです。基礎研究の醍醐味というか、一見脈絡のないようなことが思いもかけない発見につながることを実感しました。

健康づくりの基本は定期的な健診から

千葉
ご自身の健康管理としては、どのようなことをされていますか。
山中
まずは健康診断の定期的な受診ですね。私は京都の健診施設で毎年欠かさず健診を受けています。健診は病気の早期発見には欠かせないものであり、今後も元気に研究を続けていくために不可欠なものと考えています。実は私の父と祖父は2型糖尿病で、特に祖父は早くに他界しています。私もその体質を受け継いでいるようで、油断しているとすぐに太ってしまいます。マラソンは寄付募集活動の一環ですが、糖尿病予防でもあるわけです(笑)。
中村
走る以外で気を付けていることはありますか。
山中
睡眠をきちんととれるよう心がけています。睡眠に勝る休養はありませんね。
千葉
関西電力病院は、大学病院と同様の機能を持つ「DPCⅡ群病院」として国から認定を受けています。そんな当院と高度総合健診を担う関西メディカルネットが連携し、関西電力グループとしてトータルな健康サポート事業を展開しています。こうした私たちの健康支援事業についてひとことお願いします。
山中
3年前に亡くなられた恩師が入院されていたのが関西電力病院でした。中学・高校時代の柔道部の顧問なのですが、とても素晴らしい方で、この先生との出会いが私のすべての始まりといって過言ではありません。何度かお見舞いに伺い、関西電力病院の医療面の充実と手厚い看護にご家族が感謝されていたのを覚えています。こういう医療機関が大阪にあることは大変心強いですね。
千葉
一般にノーベル賞の受賞者は高齢の方が多く、山中さんのような若い方はめずらしいことです。2度目の受賞も夢ではないでしょう。そのためにもぜひ健康に留意してください。さらなるご活躍を心より期待しています。

iPS細胞研究基金へご支援を!

「研究を促進するために寄付文化を日本に根付かせたい」と、寄付を募るためマラソン大会に出場する山中先生。
京都マラソン2017では自己ベストを更新する3時間27分45秒でゴールしました。

「iPS細胞研究基金」資料請求専用フリーダイヤル

0120-80(はしれ)-8748(やまなかしんや) (平日8:30~17:00)

京都大学 iPS細胞研所(CiRA) http://www.cira.kyoto-u.ac.jp

写真・イラスト提供:京都大学iPS細胞研所