前立腺癌小線源治療(ブラキセラピー)について
はじめに 前立腺癌小線源治療を受けられる患者さんへ
小線源治療(brachytherapy: ブラキセラピー brachyは「短い」という意味でtherapyは「治療」です)は放射性物質を治療する部位に留置して直近より治療する放射線治療です。限局性の前立腺癌に対する治療としては、手術・体外放射線手術にならんで、放射性物質永久留置法によるこの小線源療法は欧米、特に米国においてはひろく選択されている治療法です。
日本では従来イリジウム129という線源を一時的に前立腺内に留置する方法はありましたが、治療を受ける患者様への体力的な負担や治療効果と関係のある照射線量の点で、ヨウ素125を用いた永久小線源留置のほうが利点が多いと考えられています。2003年に関係法令が整備され、国内においても2003年9月に東京医療センターで開始され、2012年までに全国の約110の施設でこの治療が実施され、20,000例以上の患者様がこの治療をうけておられます。
ヨウ素125を用いた永久小線源留置は微弱な放射線を発する小さなチタン製の密封容器(シード線源)を数十個前立腺内に埋め込み、前立腺内部から癌の治療を行うものです。
関西電力病院においては、2007年7月より治療を開始しております。
手術や放射線外照射をふくめ、限局性前立腺癌のどの治療にもそれぞれの利点・欠点および合併症のリスクがあり、治療後の生活で何を重要視されるかによってもそれぞれの治療の利点の意味あいはことなると思います。今回、当院において前立腺癌に対する永久留置法による小線源療法を考えておられる方へ、十分にご理解の上、治療法を選択いただければと存じます。
限局性前立腺癌の診断
血液中のPSAi などによって前立腺癌の存在が疑われた場合、通常前立腺生検iiを施行します。生検の結果、前立腺癌が検出された場合、そのほか画像診断 MRIiii、CT、骨シンチivの結果を総合して、前立腺癌の病期vを診断します。前立腺皮膜や周囲組織に浸潤がなく、前立腺と離れた場所に転移がないと考えられる場合、限局性前立腺癌(ステージB)と診断します。
前立腺癌小線源治療以外の治療法
限局性前立腺癌の治療として、前立腺癌小線源治療以外には、一般に手術と放射線外照射があります。それぞれに利点・欠点があり持病や全身状態、年齢などを総合的に評価して選択されます。またそれぞれの治療が複数組み合わされることもあります。
- 手術
癌組織をふくむ前立腺 精嚢を全摘除し、膀胱と尿道を吻合します。手術時間は数時間で、手術には一定のリスクが伴うため、年齢・持病によってはすすめられないことがあります。術後、前立腺摘除により、精液はでなくなります。また尿失禁と勃起障害が合併症にあげられます。入院は2週間から3週間です。
- 放射線外照射
体外から放射線を照射します。1日1回すこしずつ放射線をあてて、2ヶ月程度継続します。入院または通院で行います。前立腺の周囲組織や皮膚にも放射線があたるため、肛門痛や皮膚炎の可能性があります。もともと前立腺に伴う排尿障害がある場合は症状が悪化することがあります。
- 無治療経過観察
前立腺癌の中には、治療しなくても命にかかわらない癌がある可能性がいわれています。どういった癌がそれに分類されるかは、はっきりしたきまりはありません。前立腺生検での癌の存在する生検個数、グリソンスコアvi、画像評価からして、直ちに治療を開始する必要がない可能性が高い場合は、PSAを定期的に検査することで様子を見ます。これは何も治療しないという意味ではなく、注意深く待機するという方針です。
- 内分泌療法(ホルモン療法)
前立腺癌は男性ホルモンを抑えると縮小する性質があり、それを利用した治療です。注射や飲み薬、去勢術でおこないます。比較的体力的負担のかるい治療で、治療開始後、PSAは通常低下しますが、癌はおとなしくしているだけで数年後には効果がなくなってくることが知られています。手術や放射線に先がけて行うこともあります。ホルモン治療の副作用としては勃起障害、女性化乳房、骨粗しょう症などがあげられます。
前立腺癌小線源治療の利点・欠点
限局性前立腺癌の治療法の選択をする場合、前立腺癌小線源治療の利点・欠点とは他の方法との相対的な違いということになります。
利点
- 放射線障害
目的とする前立腺癌以外の直腸や膀胱、皮膚への放射線の影響は、外照射にくらべて少ないとされています。
- 尿失禁・勃起障害
尿失禁は治療直後におこることはまれで、性機能障害はホルモン治療を施行しなかった場合、5年後にも7-8割が保持されているとされています。
- 体への負担・入院期間
麻酔や手術は必要ですが、開腹手術に比較して体の負担は軽いといえます。入院期間も手術にくらべて短く、通院可能な放射線外照射は2ヶ月に及ぶのにくらべて短い治療期間です。
欠点
- 放射線障害
放射線外照射に比べて放射線障害は生じにくいとされていますが、まったく影響がないわけではありません。直腸粘膜の障害でびらんや膿瘍を形成した という症例が報告されています。膀胱炎や尿道狭窄もあるとされていますが、これらは患者様個々の放射線に対する影響の受けやすさも要因となっています。
- 治療効果
アメリカでの10年の経過をみた治療成績では、手術・放射線外照射と比較して治療効果は同等とされています。しかし日本では2003年に導入されましたので長期成績はまだ不明といわざるをえません。
- 再発時の治療
前立腺癌小線源治療後、前立腺癌が再発した場合は、ホルモン治療を行います。手術は行われません。
前立腺癌小線源治療の対象となりうる前立腺癌
前立腺癌小線源治療の利点をのべましたが、すべての前立腺癌が治療できるわけではありません。前立腺癌小線源治療が適した方、適さない方がいらっしゃいます。最終的に前立腺癌小線源治療を行うかどうか、どのような前立腺癌小線源治療を行うかは、患者様の意向に加え、さまざまな情報を総合的に判断させていただいています。
前立腺癌小線源治療がおこなえる方
限局性前立腺癌(ステージB)の方が対象になります。PSAi、各種画像診断(主にMRIiii、骨シンチグラフィーiv)の結果、癌が前立腺外に浸潤・転移していると考えられる場合、前立腺癌小線源治療は適しておりません。
画像上で明かな転移や浸潤がない方でも、前立腺外に浸潤している可能性が高い場合(ステージCv)や、また以前にステージCvまたはステージDvと診断されてホルモン治療などで癌が縮小したとしても、前立腺癌小線源治療は適しておらず他の治療法を選択することがあります。
当初、限局性前立腺癌(ステージB)のなかでもPSAi 10ng/ml以下 または グリソンスコアvi6以下 または 生検陽性率が低い場合が前立腺癌小線源治療対象としていましたが、現在ではPSA30 未満、GS3+4以下までの場合も対象としています。症例によっては術前のホルモン療法や 外照射放射線療法などを併用することがあります。
原則として前立腺癌小線源治療が適当でない方
- 過去に前立腺癌に対して放射線治療や手術療法を受けた方、あるいはホルモン治療中にPSAが上昇し去勢抵抗性viiとなった前立腺癌と診断された場合
- 前立腺生検ii未施行か施行困難である場合
- 過去に前立腺肥大症の手術(開腹または経尿道的手術)を受けた方
- 前立腺体積が約40gを超える方(先行するホルモン治療で40g以下に縮小できる場合を除く)
- 下肢の挙上、開脚が不可能、あるいは不十分で線源を挿入する体位がとれない場合
- 前立腺以外にも骨盤領域への放射線照射治療を受けたことがある方
- 前立腺結石の存在や、骨盤骨の大きさ位置関係の問題が判明した場合
- 出血傾向を招く薬剤(いわゆる"血液がサラサラになる"薬)を常用しており、その服用を手術前後の一定期間中止することのできない方
- 治療中、治療後に安静が保てない場合や、意思疎通がむずかしいと判断される場合
- 余病が程度が、麻酔や手術施行に危険性のあると判断される場合
- 80歳以上の方
- その他、担当医が前立腺癌小線源治療は難しいと判断した場合
実際の前立腺癌小線源治療、診察 治療(入院) 退院後
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前立腺癌検出のあと
当院または他院で前立腺癌を検出された場合、治療方針はその病期vによってことなります。当院で生検を受けられたかたは、結果のご説明の後、画像診断で病期をしらべます。
他院で前立腺癌と診断されて当院での治療をご希望の場合は、担当の主治医の先生と相談の上、前立腺癌や病期vの診断の根拠となった以下の情報をお持ちください。
- 前立腺生検病理結果 画像(CT MRIiii 骨シンチiv)フィルム
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生検時のPSAi値、現在までの治療、現在治療中の病気 過去に治療した病気 現在の内服薬を担当の先生に記載していただいた紹介状
借用いたしましたフィルムなどは、治療上必要がなくなり次第ご返却いたします。
診察後、前立腺癌小線源治療の対象となる前立腺癌であると診断され、かつ患者様が長所・短所をご理解いただいた上で希望される場合、当院泌尿器科の会議で確認後、治療予定を組みます。
また、前立腺が特に大きい場合、治療に先立ってホルモン治療を行う場合があります。
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プレプラン(手術の3週間以上前)
当院では治療にさきだって、治療と同じ体位をとって直腸超音波装置をいれ測定し三次元的に画像解析をおこなって前立腺の型どりをします。通常局所麻酔や形を元に、シード線源の種類と個数を決定し発注します。
この精密検査で前立腺癌小線源治療に適していないと判断することもあります
またシード線源発注後のキャンセルは注実費(約30~40万円)をご負担いただくことがあります。
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入院
前立腺癌小線源治療は通常土曜日に入院していただき、術前の準備をします。治療は月曜日の午後におこないます。
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小線源挿入
- 腰椎麻酔viiiでおこないます。
- 麻酔が十分効果的と判断されれば、必要な体位となります。
- 尿道カテーテルを留置します。
- 肛門から超音波装置を挿入し、前立腺を描出し、会陰部の皮膚からアプリケーター針と呼ばれる長い針を20~30本刺入し、計算されたとおりにシード線源を挿入します。全部で50~100個のシード線源を挿入します。治療時間は2時間~3時間です。治療後は放射線管理区域の個室に移動します。
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治療後 退院まで
翌日は食事 飲水の制限はなくなります。採血、レントゲンと骨盤CTを撮影します。尿道カテーテル抜去後に、前立腺の腫れが強く自排尿できない場合は、尿道カテーテルを再留置することがあります。管理区域の制限を解除するので病室外へ出ていただけます。
退院までの間は、尿、便ともに線源の脱落がないかチェックしますので、排尿排便の方法はあらためてご説明します。
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退院後
シード線源は術後もとりのぞきません。前立腺内に入った状態で日常生活に復帰していただきます。放射線源としての周囲への被曝などについては後述します。
退院後は当院での定期的な受診をお願いしております。
血液検査(主にPSAi値の測定)、線源の位置を確認するためのCTやレントゲン検査、症状の問診または調査票の記入、排尿機能検査および超音波検査を適宜受けていただきます。
前立腺癌小線源治療の合併症
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尿道・膀胱への影響に由来するもの
排尿困難、排尿時痛、尿失禁、頻尿、血尿、会陰部不快
尿がやや出にくいという症状は比較的多くみられます。まったく尿が出なくなることもあり、10%程度の方がなんらかの処置・内服をおこなっています。血尿も見られますが、輸血や止血手術が必要となることはまれです。手術から3ヶ月後程度がすぎて前立腺の腫れは収まってくると排尿に関係する合併症も少なくなってきます。 -
肛門・直腸への影響に由来するもの
肛門痛、しぶりばら、軟便、便失禁、出血、直腸潰瘍
直腸粘膜などにびらんが生じ、程度のひどいときは潰瘍化することもありますがまれとされています。通常自然に軽快しますが、症状が重く長期間続く場合に人工肛門の造設が必要となることがあります。 -
性機能に関係するもの
血精液症、勃起障害、射精時痛
このうち血精液症が比較的多く見られますが、時間とともに軽快することがおおいようです。また5年後の性機能の維持は70~80%といわれています。 -
シードの移動
シード線源が挿入時もしくは挿入後、血流にのって肺など他の臓器きわめてまれながら心臓へ移動したという報告もあります。しかしそれによって重大な病気が発生したという報告はありません。
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治療後1〜2年でおこりうる合併症
尿道狭窄 尿失禁 直腸障害
尿道への放射線への影響で尿道が狭くなることがあり、切開手術を追加することがあります。 -
その他
手術中または手術直後にごくまれに肺塞栓、脳梗塞、心筋梗塞など生命にかかわる重大な合併症があります。その場合は手術は中止し、重大な合併症の治療を優先します。
前立腺癌小線源治療後に再発した場合
退院後定期的にPSAを測定し、前立腺癌の病勢を追跡します。前立腺癌小線源治療後、PSAは徐々に低下しある程度下がったところで安定するのが一般的です。再発や転移が起こった場合は、ほとんどの場合PSAが上昇します。
前立腺癌小線源治療後に再発した場合は、追加の放射線治療・手術はできません。再発時にはホルモン治療を行うのが一般的です。
ただ前立腺癌小線源治療は治療後1~2年で再発ではないのにPSAが10ng/ml程度まで上昇する現象がみられあることがあります。(バウンス現象)数ヶ月で低下しますので慎重に経過をみます。
患者様体内にあるシード線源の放射線源として注意していただきたいこと
手術後約2ヶ月間(2ヶ月間で放射能は半分になります)
患者様からの尿・便・汗などには放射能はありません。周囲の人の放射線被曝量は人が自然に受けている放射線量よりも低いことがわかっていますので普段どおりに接することができますが、この2ヶ月間は公衆、特に乳幼児、妊婦さんとの接近は2m程度までとしてください。また性交渉は、1ヶ月後から可能ですが、その後も1年間はコンドームの使用をお勧めします。
1年を経過すれば体外に出る放射能がほとんどなくなりますがそれまでは御配慮くださいますようお願いいたします。
手術後1年以内の注意
治療後1年間は「治療カード」の携帯をお願い致します。また、その間に何らかの手術を行う場合には、手術を担当する医師から当院の担当医へ連絡するようにお願いいたします。万一、治療後1年以内に死亡された場合には、前立腺を摘出する必要がありますので、家族の方は担当医に必ずご連絡下さい。よろしく御協力下さいますようお願い致します。
脚注
iPSA (prostate specific antigen ・前立腺特異抗原)
前立腺癌の診断および治療経過観察において、鋭敏に病勢を反映するとされ、広く用いられている腫瘍マーカーです。一般的な測定法では、4.0ng/ml以下を基準値以内、4.1~10.0ng/mlを軽度上昇(グレーゾーン)としています。
ii前立腺生検
前立腺組織の一部を生検針をもちいて採取し、顕微鏡的に精査します。当院では入院の上、下半身麻酔を行い、会陰部より12箇所行います。他院で生検検査を受けられた方も生検検査の標本が必要です。
iiiMRI(核磁気共鳴イメージング)
磁力を用いた画像診断で、腫瘍部分の特定や周囲組織との関係を調べるためにおこないます。前立腺癌に関しては、周囲組織への浸潤の有無をしらべ、病期の診断に有用です。
iv骨シンチ(骨シンチグラフィー)
前立腺癌は骨に転移しやすい特徴があり、病期の診断に用います。放射線同位元素を注射して一定時間後に撮影します。放射線同位元素が取り込まれるところが黒くうつりますが、癌の転移のほかは、けがでもく黒くうつることがあります。
v前立腺癌の病期
前立腺癌はその進行の様子(臨床病期)から大きく分類すると以下のようになります。
それぞれのステージで治療方針は異なります。
- ステージA前立腺肥大症の手術などでたまたま小さな前立腺癌がみつかった場合
- ステージB前立腺に癌が見つかり、皮膜・周囲組織への浸潤が無く転移もない限局性癌
- ステージC前立腺癌が皮膜・周囲組織への浸潤があると考えられるがリンパ節またはほかの臓器に転移がない 局所浸潤転移なし癌
- ステージDリンパ節 骨など前立腺とはなれた部位に転移を有する癌
viGleason Score (グリソンスコア)
前立腺癌の悪性度を数値化した指標です。前立腺癌の顕微鏡上の様子と浸潤様式により分類してスコア化したもので、1から5に分類して。最も多くの面積を占める組織像の数字と次に優位な組織像の数字を足して示します。数字が高いほど悪性度が高いということになり、治療後の再発、再燃および予後に関係が深いとされています。 たとえば 生検組織を顕微鏡で見て、悪性度が3の成分が最も多く、次に4の成分が多い場合は、3+4=7と表記します。
vii去勢抵抗性
前立腺癌は男性ホルモンを遮断すると、縮小する特徴があります。両側の精巣を摘除(去勢術)を用いたり、男性ホルモンを抑える皮下注射、内服薬を用います。しかし、この治療により前立腺癌は消失したのではなく縮小しているだけと考えられていて、6ヶ月~10年(平均2~3年、ただし10%は10年以上)の間に効果がなくなってくるとされています。この状態をホルモン不応性といいます。
viii腰椎麻酔
腰椎の間隙から細い針を刺入して髄腔といわれるところに麻酔薬を注入します。腰から下だけが感覚が鈍るようになります(半身麻酔ともいいます)。麻酔の効果は半日ほどでなくなりますが、翌日まで寝たままでいてください。頚を前屈することで強い頭痛が残ることがあります。