ロボット支援下前立腺全摘除術について

はじめに

早期前立腺癌の治療法のうち、現在わが国でもっとも選択されているのが前立腺全摘除術です。1990年代より前立腺周囲の詳細な解剖が明らかとなり、勃起神経温存や出血予防に関して飛躍的に技術が向上しました。手術には本質的に一定のリスクをともなうものの、前立腺癌の他の治療法と比較してもっとも歴史が古く安全に寄与する手順と手技が広く普及し、技術的にほぼ確立された模様です。そのため癌を治すという最も重要な点、合併症(おこりうる好ましくない症状やできごと)である尿失禁・性機能障害の予防に関する多年の症例と経験が蓄積され、多くの泌尿器科医で共有されています。

一方、その前立腺全摘術を小さな傷でおこない、体の負担を軽くする前立腺癌腹腔鏡手術(腹腔鏡下前立腺全摘除術)は1990年にアメリカで合併症(などを理由にメリットが少ないとして懐疑的な論文が発表されて、いったん下火となりましたが、1997年フランスのGuillonneau氏らによって、手技の改善がおこなわれ、合併症を抑え、侵襲の少ない有望な治療として報告された後、日本でも導入されて、2006年4月より保険診療となりました。

同じ2006年にロボット支援前立腺全摘除術が日本に初導入されました。先進医療・自費診療として開始され安全性と有効性が十分に確認されたのを受けて2012年前立腺癌にたいする前立腺全摘除術でロボット支援手術が保険適応となりました。腹腔鏡手術の利点をさらに向上させ、多関節による縫合、正確な解剖による安全な手術として広く普及しています。 現在、わが国の前立腺全摘除術の80%以上はロボット支援手術で行われています。

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ロボット支援下前立腺全摘除術の利点と欠点

利点としては

  1. 創が小さく、出血量も少なく低侵襲性であり、術後疼痛を軽減できる
  2. 内視鏡を通して拡大視野が得られるため、微細な解剖を視認しながら、前立腺辺縁の切開線を決定でき、勃起神経や尿道括約筋の温存、膀胱尿道吻合をより確実に行うことができる
  3. この結果、断端陽性率低下による制癌性の向上、ならびに尿道カテーテルの留置期間・入院期間の短縮、勃起能・尿禁制などの術後の生活の質(QOL)の改善が期待できる

などが挙げられます。

欠点としては

  1. 触覚のない手技であり、前立腺周囲の癒着がある場合(経尿道的前立腺切除や前立腺炎の既往など)、難度の高い手術となる
  2. 前立腺が小さい(20g以下)症例や大きい(60g以上)症例、肥満が強い症例も難度が増す
  3. 前立腺が小さい(20g以下)症例や大きい(60g以上)症例、肥満が強い症例も難度が増す
  4. 開放手術に比べて手術時間が延長する(ただし、手技習熟により手術時間の短縮を認める)
  5. 合併症(腹腔内臓器損傷など)を予防し、当手術の利点を得るためには、前立腺周囲の解剖の詳細な理解と拡大視野によるイメージの再構築、確実な手術操作が必須であり、体腔鏡手術の中でもっとも習熟が要求される
  6. 開放手術に比べて手術時間が延長する(ただし、手技習熟により手術時間の短縮を認める)
  7. 開放手術と比べて、助手の熟練度および術者との協調が要求される 

などが挙げられます。

※日本臨床、60(S-11),230,2002(寺地敏郎ほか) 泌尿器外科、14(3),189,2001(寺地敏郎ほか)、泌尿器外科、15(8),829,2002(中川健ほか)

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ロボット支援下前立腺全摘除術以外の治療法

限局性前立腺癌の治療として、前立腺癌腹腔鏡手術以外には、従来の開腹手術と前立腺癌小線源治療(前立腺癌小線源治療)および、放射線外照射があります。それぞれに利点・欠点があり持病や全身状態、年齢などを総合的に評価して選択されます。またそれぞれの治療が複数組み合わされることもあります。

  1. 開腹前立腺全摘除術

    腹部の正中を切開し、直視下で、癌組織をふくむ前立腺 精嚢を全摘除し、膀胱と尿道を吻合します。手術時間は数時間で、手術には一定のリスクが伴うため、年齢・持病によってはすすめられないことがあります。術後合併症として尿失禁・性機能障害があげられます。

  2. 腹腔鏡下前立腺全摘除術

    内視鏡手術をロボットを用いずに行う方法で、2006年より保険適応となりました。ロボットのような多関節がないため剥離・縫合操作に熟練技術を要します。当院では原則ロボット支援手術をおこなっていますが、2009年から症例を重ねて技術を蓄積してきており、症例によっては施行可能です。

  3. 前立腺癌小線源治療

    詳細は「前立腺癌小線源治療 について」をご参照ください

    手術療法に比べ体の負担は少なく、比較的短い入院期間で治療できます。治療効果は手術と同等とされていますが、日本では2003年に導入されましたので長期成績はまだ不明といわざるをえません。また体内に放射性物質を留置しますので、術後放射線被曝に対して特別な注意事項があります。

  4. 放射線外照射

    体外から放射線を照射します。1日1回すこしずつ放射線をあてて、2ヶ月程度継続します。入院または通院で行います。前立腺の周囲組織や皮膚にも放射線があたるため、肛門痛や皮膚炎の可能性があります。もともと前立腺に伴う排尿障害がある場合は症状が悪化することがあります。

  5. 無治療経過観察

    前立腺癌の中には、治療しなくても命にかかわらない癌がある可能性がいわれています。どういった癌がそれに分類されるかは、はっきりしたきまりはありません。前立腺生検での癌の存在する生検個数、グリソンスコアvi、画像評価などを考慮し、直ちに治療を開始する必要がない可能性が高い場合は、PSAを定期的に検査することで様子をみます。これは何も治療しないという意味ではなく、注意深く待機するという方針です。

  6. 内分泌療法(ホルモン療法)

    前立腺癌は男性ホルモンを抑えると縮小する性質があり、それを利用した治療です。注射や飲み薬、去勢術でおこないます。比較的体力的負担のかるい治療で、治療開始後、PSAiは通常低下しますが、癌はおとなしくしているだけで数年後には効果がなくなってくることが知られています。手術や放射線に先がけて行うこともあります。ホルモン治療の副作用としては勃起障害、女性化乳房、骨粗しょう症などがあげられます。

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実際のロボット支援下前立腺全摘除術、診察 治療(入院) 退院後

  1. 前立腺癌検出のあと

    当院または他院で前立腺癌を検出された場合、治療方針はその病期よってことなります。当院で生検を受けられたかたは、結果のご説明の後、画像診断で病期vをしらべます。

    他院で前立腺癌と診断されて当院での治療をご希望の場合は、担当の主治医の先生と相談の上、前立腺癌や病期vの診断の根拠となった以下の情報をお持ちください。

    1. 前立腺生検病理結果 画像(CT MRIiii 骨シンチiv)フィルム
    2. 生検時のPSA値、現在までの治療、現在治療中の病気 過去に治療した病気 現在の内服薬を担当の先生に記載していただいた紹介状
      借用いたしましたフィルムなどは、治療上必要がなくなり次第ご返却いたします。

    診察後、ロボット支援前立腺全摘除術の対象となる前立腺癌であると診断され、かつ患者様が長所・短所をご理解いただいた上で希望される場合、当院泌尿器科の会議で確認後、治療予定を組みます。

  2. 自己血貯血

    ロボット支援前立腺全摘除術は開腹手術に比べて出血が少ないとされています。当院のこれまでの症例でも開腹手術にくらべて有意に出血量を抑えることができています。ただ、それでも予測しない出血に備えるためにご自身の血液をお預かりして手術のときにお返しするのを自己血といいます。希釈式自己血採取法は手術直前に採取して手術中に返血するほうほうで、当院では現在この方法でおこなっています。自己血で不足するほどの出血があった場合は、日本赤十字社の輸血を使用することもあります。また自己血を万が一使用しなかった場合は、献血などに流用することはできませんのでやむを得ず廃棄することがあります。

  3. 入院

    手術2日前までに入院していただき、低残渣食という便になりにくい食事を摂取します。この間、間食はお控えください。

  4. 手術
    1. 麻酔科管理による全身麻酔および硬膜外麻酔でおこないます。
    2. 下腹部を4cm切開1個 2cm4個 1cm1個の小切開をします。
    3. 内視鏡を使って 画面でモニターしながら前立腺・精嚢を摘出します。その後必要に応じて骨盤内リンパ節を摘出し、癌がリンパ節に広がっていないかどうかを検査します。
    4. 医学的な理由により(出血や高度の癒着 ほか重大な合併症の発生)ロボット支援前立腺全摘除術の継続が困難と考えられる場合は、すみやかに開腹手術に移行することがあります。
  5. 治療後 退院まで
    1. 多くの場合手術翌日には歩行可能です。
    2. 術後は膀胱にカテーテル(ゴムの管)が留置されます。カテーテル抜去前に膀胱尿道造影を行って膀胱と尿道のつなぎがうまくいっていることを確認します。
    3. 術後7-10日ごろにとった前立腺 リンパ節の病理検査結果が出ますので、退院後の注意点とあわせてご説明します。
  6. 退院後
    1. 退院後は特別な食事制限や安静等の必要はありません。
    2. 術後は外来で腫瘍マーカー(PSAの値)を定期的にチェックします。
    3. PSAi値の上昇が続く場合は放射線治療や薬物治療の追加が望ましい場合があります。

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ロボット支援下前立腺全摘除術の合併症
(おこりうる好ましくない症状やできごと)

  1. 出血

    開腹手術の場合通常、約1000-2000mlの出血を伴います。一方、ロボット支援下前立腺全摘除術は比較的出血は少ないとされています。術前に自己血を800–1200ml採血保存し、術中・術後に体に戻します。これで不十分な場合は日赤から取り寄せた血液を輸血することがあります。

  2. 尿失禁

    術後にカテーテルを抜いた直後は膀胱にほとんど尿をためることができませんが、しだいに改善します。尿取りパッドが不要になる時期は2ないし12ヶ月後です。5%程度ですが永久に尿取りパッドが必要なことがあります。

  3. 性機能障害

    手術で陰茎の血管、神経を犠牲にすると勃起が起こらなくなります。神経、血管を温存した場合に勃起が保たれる可能性は40–60%です。癌の検出された位置によっては神経の温存ができないことがあります。また、精液を作る臓器を摘出する手術のため、術後に射精は起こらなくなります。

  4. 直腸損傷

    手術中にわかれば修復しますが、術後1-2週間の絶食と点滴管理が必要となります。損傷範囲が広い場合は、一時的ですが人工肛門の造設が必要となることがあります。

  5. ロボット支援下前立腺全摘除術

    ロボット支援下前立腺全摘除術では炭酸ガスを注入しておなかの中を膨らませます。このため皮下気腫・空気塞栓・高炭酸ガス血症などを発生する可能性があります。まれに重篤な転帰をたどることが報告されています。また炭酸ガスの刺激で術後肩のあたりが痛むことがあります。

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ロボット支援下前立腺全摘除術に再発した場合

退院後定期的にPSAを測定し、前立腺癌の病勢を追跡します。ロボット支援下前立腺全摘除術後、PSAは低下し安定するのが一般的です。PSAがいったん下がった後で再上昇し0.1~0.4ng/ml以上となった場合再発とみなすことがあります。

再発した場合は、追加の放射線治療またはホルモン治療をおこなうことがあります。

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脚注

iPSA (prostate specific antigen ・前立腺特異抗原)

前立腺癌の診断および治療経過観察において、鋭敏に病勢を反映するとされ、広く用いられている腫瘍マーカーです。一般的な測定法では、4.0ng/ml以下を基準値以内、4.1~10.0ng/mlを軽度上昇(グレーゾーン)としています。

ii前立腺生検

前立腺組織の一部を生検針をもちいて採取し、顕微鏡的に精査します。当院では入院の上、下半身麻酔を行い、会陰部より12箇所行います。他院で生検検査を受けられた方も生検検査の標本が必要です。

iiiMRI(核磁気共鳴イメージング)

磁力を用いた画像診断で、腫瘍部分の特定や周囲組織との関係を調べるためにおこないます。前立腺癌に関しては、周囲組織への浸潤の有無をしらべ、病期の診断に有用です。

iv骨シンチ(骨シンチグラフィー)

前立腺癌は骨に転移しやすい特徴があり、病期の診断に用います。放射線同位元素を注射して一定時間後に撮影します。放射線同位元素が取り込まれるところが黒くうつりますが、癌の転移のほかは、けがでもく黒くうつることがあります。

v前立腺癌の病期

前立腺癌はその進行の様子(臨床病期)から大きく分類すると以下のようになります。 それぞれのステージで治療方針は異なります。

  • ステージA前立腺肥大症の手術などでたまたま小さな前立腺癌がみつかった場合
  • ステージB前立腺に癌が見つかり、皮膜・周囲組織への浸潤が無く転移もない限局性癌
  • ステージC前立腺癌が皮膜・周囲組織への浸潤があると考えられるがリンパ節またはほかの臓器に転移がない 局所浸潤転移なし癌
  • ステージDリンパ節 骨など前立腺とはなれた部位に転移を有する癌

viGleason Score (グリソンスコア)

前立腺癌の悪性度を数値化した指標です。前立腺癌の顕微鏡上の様子と浸潤様式により分類してスコア化したもので、1から5に分類して。最も多くの面積を占める組織像の数字と次に優位な組織像の数字を足して示します。数字が高いほど悪性度が高いということになり、治療後の再発、再燃および予後に関係が深いとされています。 たとえば 生検組織を顕微鏡で見て、悪性度が3の成分が最も多く、次に4の成分が多い場合は、3+4=7と表記します。

vii去勢抵抗性

前立腺癌は男性ホルモンを遮断すると、縮小する特徴があります。両側の精巣を摘除(去勢術)を用いたり、男性ホルモンを抑える皮下注射、内服薬を用います。しかし、この治療により前立腺癌は消失したのではなく縮小しているだけと考えられていて、6ヶ月~10年(平均2~3年、ただし10%は10年以上)の間に効果がなくなってくるとされています。この状態をホルモン不応性といいます。

viii 腰椎麻酔

腰椎の間隙から細い針を刺入して髄腔といわれるところに麻酔薬を注入します。腰から下だけが感覚が鈍るようになります(半身麻酔ともいいます)。麻酔の効果は半日ほどでなくなりますが、翌日まで寝たままでいてください。頚を前屈することで強い頭痛が残ることがあります。

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診療科紹介・部門