慢性骨髄増殖性疾患
骨髄増殖性疾患とは
1.血液細胞
私たちの体はおおよそ60兆個の細胞から出来上がっています。皮膚、筋肉、神経、内臓など随分たくさんの種類の細胞がありますが、元はといえばお父さんの精子1個とお母さんの 卵子1個が一緒になって、命が誕生します。たった一個の細胞からこんなに複雑な体が出来上がっているのですが、約10ヶ月ですべての種類の細胞が精密なコントロールで順序良く作られ、完成品として生まれてきます。
多くの種類の細胞の中で血液細胞はどんな働きをしているのでしょうか?血液細胞には大きく3種類の細胞があり、それぞれ、酸素を運ぶ赤血球、ばい菌やウイルスから体を守る白血球、血液が流れる血管に綻びができたときに応急修理をして出血を防ぐ血小板に分かれます。この3種類の細胞は実は共通の祖先の血液幹細胞から作られてきます。血液幹細胞は通常骨の中の骨髄という場所にいて、多すぎず、少なすぎず、常に一定の量の赤血球、白血球、血小板の数を維持しています。
2.増殖と分化
細胞が生きるということは、外界からの刺激に対して適切な反応を続けるということです。たとえば、ばい菌が体内に侵入して重症の感染症が起こったとします。骨髄の中の血液幹細胞にはもっとたくさんの白血球の援軍が必要なことを知らせ、白血球をたくさん作るようにとメッセージが届きます。このメッセージは細胞の表面にあるアンテナで受け取り、その情報は細胞の中の核へと伝達されます。核の中ではDNAという遺伝暗号装置があり、伝わってき た情報に応じて色々な蛋白を作るための装置が働き、メッセンジャーRNAが作られます。このメッセンジャーRNAは核から出て、細胞の中にある蛋白合成装 置を介して種々の蛋白質を作ります。こうして白血球となるのに必要な蛋白質が揃って、血液幹細胞から白血球が出来上がります(図2)。
3.病因
骨髄増殖性疾患ではこの血液細胞を造る過程で増殖のスイッチが入りっぱなしとなり、フィードバックがかかりにくくなっています。血液の幹細胞にもう増えなくてよいというメッセージが届くと増殖のシグナルのスイッチは切れて、一定以上には増えないのが正常なのですが、このスイッチが入ったままだと細胞は不必要に増えます。赤血球、白血球、血小板全てが増えてくるのが真性多血症、主に血小板だけが増えるのが本態性血小板血症、骨髄の繊維化を伴って最終的には血液の産生が低下するものを骨髄線維症と呼びます。ちなみに、増殖はするけれど分化することをやめてしまうと血液のがんになります(図3)。
血液細胞が増えるために幹細胞に色々なシグナルが入りますが、シグナルが表面のアンテナで受け取られた後、順序良く分子がシグナルを伝達していきます。その一つに、JAK2やMPLという分子があり、最近骨髄増殖性疾患では高率にJAK2に異常が起こっていることが分ってきました。つまりJAK2というシグナルを伝達する分子が常に活性化していることが、少なくとも細胞が増え続ける原因の一つと考えられるようになってきたのです。残念ながらなぜこれらの分子に異常が起こったのかは分かってはおりません。
症状
1.血栓、塞栓
骨髄増殖性疾患は血液のがんではありません。患者さんの生活の質を決定する点で重要なものに、血管の閉塞があります。動脈、静脈共に閉塞しやすくなりますが、特に心臓の血管で閉塞が起こると心筋梗塞につながりますので、現時点での治療の目的はこれら血管病変の予防に重点が置かれています。
真性多血症では3系統の細胞全てが増えてくるため、血液細胞が一定以上に増えないようにすることが重要です。これまでにたくさんの患者さんを対象として、どのような患者さんに血管の病変が出現しやすいかを調査したところ、年齢(60歳以上)、以前に血栓症の既往歴のある人、白血球の多い人に危険が高いということが分りました。血小板が凝集するのを防ぐアスピリン製剤の服用と、ヘマトクリットの値を一定以下に下げるために瀉血療法を行うのが一般的ですが、高い危険性を持っていらっしゃる患者さんでは、さらにお薬で血小板を下げることも必要です。
2.骨髄不全
真性多血症、本態性血小板増多症、骨髄線維症に共通して認められるのがJAK2という分子の異常ですが、これらの病気を区別しているものは何かはまだよく分かっていません。ただ、前2者は他の疾患で死亡しない場合、骨髄線維症へと進展していくことが多く、最終的には血液細胞を充分に造ることができなくなり、貧血、白血球減少、血小板減少をきたします。残念ながら骨髄線維症に対する有効な治療法はなく、若年者では造血幹細胞移植のみが根治療法です。
3.白血病
骨髄増殖性疾患はそれ自体はがんではありません。しかしながら、一部の患者さんは急性白血病を発症することが知られています。遺伝子異常がさらに加わることで細胞のがん化が起こってくると考えられますが、どの遺伝子が、どのような原因で白血病を起こしてくるのかは不明で、多くの研究者によって解明の努力が続けられています。
骨髄増殖性疾患の治療
1. 血栓、塞栓の予防
血栓の危険因子は当初血小板数と考えられ、60万/μL以下に減らすことを目標として、薬物治療された時期がありました。しかしながら、多くの患者さんを対象とした研究からは、血小板数と血栓の危 険性は相関せず、年齢が60歳以上であること、過去に血管の閉塞をきたしたことがあること、さらに最近分ったことですが、白血球数が多いこと、が血栓の危 険因子であるとされています。赤血球数を下げるために瀉血療法は全ての患者さんに実施され、ヘマトクリットの値を45%以下に維持することが推奨されてい ます。さらに、特に禁忌でない限り全ての患者さんに血小板凝集抑制剤であるアスピリンの投与が勧められています。危険因子を持っていらっしゃる患者さんで は上記に加えて化学療法(ハイドロキシウレア)が投与されます(図4)。一般に化学療法は発癌作用を持つことが多く、その投与にはメリットとデメリットの比較のうえに投与されるべきとされますが、ハイドロキシウレアは最も発癌作用の少ないものとして、多く使用されています。他の薬剤としてインターフェロンαも有効とされていますが、治療費の観点からは他の方法が効果がないときに考慮されます。
2. 分子標的薬
骨髄増殖性疾患の仲間である慢性骨髄性白血病では、その原因遺伝子が解明され、異常遺伝子産物を選択的に阻害する薬剤、分子標的療法剤が臨床応用され、劇的な効果があることが分っています。標的となる遺伝子産物が異なりますが、最近アメリカではJAK2に対する選択的な阻害薬が開発され、臨床試験で有効であることが専門雑誌で報告されました1。
まだ日本では使用できませんが、そう遠くない未来に新しい治療法が導入されることが期待されます。
1: Verstovsek S et al. Safety and efficacy of INCB018424, a JAK1 and JAK2 inhibitor, in myelofibrosis. N Engl J Med 2010 ; 363 : 1117-1127.